あきる野市議団の紹介です


「教育基本法の早期改正を求める」
陳情に対する二宮和子議員の反対討論


平成15年第4回定例議会(12月議会)
二宮和子議員


 

「教育基本法の早期改正を求める」
陳情に対する二宮和子議員の反対討論

 9番(二宮和子君) 議席番号9番、日本共産党二宮和子でございます。
 日本共産党あきる野市議団を代表して、陳情第15−10号「教育基本法の早期改正を求める」陳情書に対する反対討論をいたします。
 本陳情は、中央教育審議会の答申、「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画のあり方について」をもって、早期に教育基本法改正を行うよう求めています。
 中教審の答申は、「現行法の『個人の尊厳』、『人格の完成』、『平和的な国家及び社会の形成者」などの理念は今後も大切』としながら、「21世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成を目指す点から、重要な教育の理念や原則を明確にするため、教育基本法を改正する。」とし、新たに「個人の自己実現と個性・能力、創造性の涵養」、「感性、自然や環境とのかかわりの重視」、「社会の形成に主体的に参画する『公共』の精神、道徳心、自立心の涵養」、「日本の伝統・文化の尊重、郷土や国を愛する心と国際社会の一員としての意識の涵養」、「生涯学習の理念」、「時代や社会の変化への対応」、「職業生活との関連の明確化」、「男女共同参画社会への寄与」などを規定するよう求めています。
 また、家庭教育に関する規定がないとし、新たに「家庭教育の充実を図ることが重要であることを踏まえて、国や地方公共団体による家庭教育の支援について規定することが適当」など、多くの改正を求めています。
 これらの項目は、一見耳当たりがよく、もっともらしく響きます。しかし、ここに、重大な憲法を侵す危険が潜んでいると考えます。
 教育基本法は、第2次世界大戦を反省し、国民が主権を持って、民主主義で国を治めること、また、二度と戦争はせず、武器も持たないことなどを定めた日本国憲法と対をなして定められ、憲法に先立つ昭和22年3月31日に施行された法律です。
 教育基本法は、前文に述べられているように、憲法で定めた決意を理想とし、その理想を実現するものこそが教育であるとしています。こうした背景を考え、もし、教育基本法を改正するならば、日本国憲法に照らして、その理念が守られる改正でなければなりません。
 こうした視点で改正しようとする点を見てみます。
 「21世紀を切り拓く心豊かでたくましい日本人の育成」というくくり方や、「日本の伝統・文化の尊重、郷土や国を愛する心の涵養」などは、特定に制限された価値観を持って人を育成することにもなりかねず、憲法第3章国民の権利及び義務で定められた基本的人権、「人は公共の福祉に反しない限り個人として尊重される」や、第19条の「思想及び良心の自由」を侵しかねません。
 また、家庭教育の役割などの規定を教育基本法に加えるということは、本来、私事であり、各家庭で固有のものであってよいところにまで国家が介入するということになります。教育については、国際基準に照らしても親が責務とともに権利を有しています。また、道徳心に関しても懸念が払拭できません。
 道徳という言葉を広辞苑で引くと、「人のふみ行うべき道。ある社会で、その成員の社会に対する、あるいは成員相互間の行為の善悪を判断する基準として、一般に承認されている規範の総体。法律のような外面的強制力を伴うものでなく、個人の内面的な原理。今日では、自然や文化財や技術品など、事物に対する人間のあるべき態度もこれに含まれる。」とあります。ここでいうように、道徳とは、内面的・個人的なものでもあり、固定化したもの、だれかに強制されるものではないはずです。
 かつての戦争は、戦争を「お国のため」とし、また、国民の大多数は、そのことを「道徳」として、戦争を批判する者を「非国民」とすることにより突き進んでいきました。この第2次世界大戦の反省のもとでつくられ、「みんなが言っているから」とか、「偉い人が言っているから」と物事を判断するのではなく、自分の力で考え、自分で責任を持つような人を育てようとしたのが教育基本法だったはずです。そのことを忘れてはなりません。
 この場では、すべてを挙げるわけにはまいりませんので、幾つか例を挙げました。
このように、本陳情が改正の必要性について記している中教審の答申には問題が多く、早期改正には賛成できません。
 本陳情では、近年、日本社会は大きく変化し、教育は多くの問題を抱えたとして、青少年の凶悪犯罪、学校崩壊やいじめ、不登校、そして、家庭や地域社会での教育力の低下、学力の低下などを挙げてもいます。
 当あきる野市にも凶悪犯罪こそありませんが、子育てに悩む親や、学校にまつわる悩みを抱える子供は、あそこにもここにもと言えるぐらいたくさんいます。こうした悩みは、先日の議会で教育長の発言にもあったように、本人やその家庭だけの問題では解決しきれないものがたくさん関連しているに違いありません。では、こうした教育の危機を打破するためには、何が必要なのでしょうか。
 荒れて、不良と言われたり、引きこもっていた子供たちの中には、何とか暗闇を抜け出し、自分の人生を自分で歩み始める子もいます。こうして再び歩き始める子供たちに接するときに、多く感じられることがございます。それは、「だれかに大事にされることで、自分を大切にすることを知った」という経験が、成長へのきっかけになっているということです。今、教育に必要なのは、「愛せ」と求めることではなく、むしろ「一人一人を大事にする」ということではないでしょうか。
 今、急がねばならないことは、教育基本法の改正ではなく、教育基本法が尊重される教育がなされているかどうかを検証し、憲法と教育基本法の理念を生かしていくことではないかと私は考えます。
 以上をもって、本陳情に対する反対討論を終わります。

  






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